オンライン講師が描く「ハクションな日常」

人生はハクション*くしゃみしたら吹き飛んでいくような

箱の中の約束⑦最終話

toriadecafe.hatenablog.com

 

涼子と俊哉、リチャード
3人の新しい生活は
カナダ東部の小さな町で始まった。

シティホールで、ささやかに結婚式を挙げたが
「結婚した」という実感が、涼子には無かった。
とにかく、見るもの
体験するもの全てが物珍しく
何処か、余所(よそ)の空間にいつも漂っている。
なにもかもが、夢の中の出来事のようだった。

ところが「え!?」と思わされる事もあった。

あの、写真で見た”素敵な家”。
小さなアンティーク調のモーテルを買い取り
改装して住んでいると言っていた住まいは
“モーテルそのもの”だった。

あの写真が、いつ撮られたものかわからない。
客室が7つ、管理人部屋と思われる部屋がひとつ
実際は、簡素な造りのモーテル。

東京の小さな二部屋のアパート住まいに比べたら、夢のようではある。
そう思いながらも、少しガッカリする自分がいた。
そして、実際にリチャードとの生活が始まってみると
戸惑う事が出てきた。

涼子は毎日、手を掛けて食事を作っても
リチャードはほとんど手をつけない。
冷凍庫にストックしている、クラフトミールをレンジで温めて食べたり
テイクアウトやデリバリーで食事を済ませる。

他には、家の中のお金の事全くわからない。
涼子は、日本を離れる時、全てを処分してきた。
財産と言えるようなものはなく、洋服や小物、すこしの日本円だけを持って 
カナダにやって来た。
カナダでの生活は、2週に1度
リチャードから家計費を貰い、食料や雑貨類を買うなどの遣り繰りをし
他の部分でのお金の事は、リチャードに任せていた。

 

何しろ、英語が出来ない。
結婚しても、未だ二人を繋ぐものは「箱の中」。
一日に何度か、パソコンの前に二人は居た。

結婚式を挙げた日の夜、リチャードは
「箱の中」で
約束をしてくれた。
「一生、君をはなさない。ずっとずっと、愛し続ける
そうだ! カナダに来たら、英語学校に行くと良いよ」」


そう言っていたのに、実際に生活が始まると
英語学校に…という話は、立ち消えた。

不自由さはあるものの
ここには、安定と安心がある!
涼子は、そう思いこもうとした。

案外、単調に
順調に日々は過ぎていき
二人がパソコンの前に立つ頻度は、少なくなっていった。
そうはいっても、涼子は辞書をめくりながら
単語で物を言うくらいで
息子の俊哉の方が、日々英語を覚え、話し、理解するようになっていった。

今や、二人の会話を繋ぎ合わせるのは
俊哉の役割になった。

年が明け、カナダの暮らしも一年が過ぎた。
リチャードが全て段取りし、申請した涼子と俊哉の永住権もやっと降り
全てが、何となくうまく回り始めている気がした

いつものように、涼子は リチャードにはシリアルを用意し
自分と俊哉の分の朝ご飯を作っていた。
すると、俊哉がいつもより少し早くダイニングに降りてきた。

「ねぇ、お母さん
 今ね、お父さんに言われたんだけどさ。
 うち、お金無いんだって」


涼子は何を言っているのかわからず、思わず怪訝な顔をした。
たぶん、俊哉が何か聞き間違えているに違いない。

俊哉に、まだ寝ているであろうリチャードを起こしてくるように言うと
しばらくして、俊哉が困った顔をして涼子に小声で言う。

 

「お父さん、部屋から出てきたくないって言ってる」

事の次第が全く、わからないが
何かあった事だけは確かだった。
リチャードは、その朝
結局、部屋から出てこなかった。

ようやく、話をする事が出来たのは
俊哉が学校から帰ってきてからの、夕飯時。

リチャードは、結婚と同時に会社を畳み
そのあとは、株や色々な投資で生活をしていた。
その中で、これは確実に儲かる!と言われていた投資話に乗っかり
かなりの財産をつぎ込んでいた。
ところが、その話が詐欺まがいのもので
投資した全てが、一夜にしてパーになった。

幸か不幸か、借金はなかったが
この先 
家族3人暮らしていくには、リチャードが再び事業を興すか
外に働きに行くしかなかった。

しかし、一夜にして大金を失ったリチャードは抜け殻のようになってしまい 
働く気力もなく、食事以外はベッドルームの一室に閉じこもるようになった。
かつての、優しい面差しも
余裕と自信を感じさせる身のこなしも
すっかり消え去った。
笑う事もなくなり、それどころか時々ヒステリックになり
涼子に向かって、英語で罵りの言葉を投げつけた。

しかも驚く事に、住んでいる家がリチャードの物ではない事がわかり
タイミング悪く、借りている大家である親戚が家の返還を迫ってきた。

結局、家族三人追われるように、今度はカナダの西側へ
リチャードの兄の所に身を寄せる事になった。
相変わらず働く事のない夫・リチャードと俊哉を抱えて
涼子は、言葉が出来なくても仕事が出来る
飲食店のキッチンで一日仕事をするようになった。

「幸せになるために」選んだ男(ひと)
「幸せになるはずだった」カナダでの暮らし
もはや、安定や安心から程遠いものになった。
飲食店では一日、周りは英語だけしか聞こえてこない。
自分は話す言葉さえ持たず、働き続けなければならない生活は
拷問のようだった。

「3年我慢すれば…」
そう、自分に言い聞かせた。

結婚し、カナダへの移民が許されてから
リチャードの自分へのカナダ永住の権利をサポートする期間が3年と聞いていた。
3年未満に離婚すれば、永住権は無効になってしまうかもしれない。
周囲の人は、3年未満でも大丈夫!と言ったが
涼子は、永住権を保持したいという気持ちがあったのではなく
その3年は「約束」の期間なのだ
と思っていた。

リチャードを選び
リチャードが自分を受け入れてくれた
だから、3年は耐えよう…そう決めていた。

その3年の間に もしかしたらリチャードが
家族の生活の為に、再び仕事をするようになるかもしれれない
そんな、期待もしていた。
だが、そんな日はやって来なかった。

カナダに来て、4年半が過ぎた春の日
涼子は俊哉を連れて、家を出た。

カナダは、安住の地ではなかった。
何処も、行く宛ても帰る処もない。
でも、日本が恋しく懐かしかった。

「日本に帰ろう」
45歳になった、涼子の決断は早かった。

随分と大きくなった俊哉と手を取って
涼子は、離婚が成立しないままカナダの地を離れた。

「箱の中」から始まったリチャードと涼子。
結局、ずっと確かなものは何もなく
別の自分が、存在していたようだった。
本当のリチャードも
本当の涼子も
お互い、知らぬまま出会い
別れに至った。
それだけ・・・。

涼子がカナダを離れ1年半後、リチャードとの離婚が成立

「箱のなかの約束」は永遠に、封印された…the END.


Keri Noble - How far You've come (2005)

箱の中からの国際結婚…
カナダでの生活。
やっぱり、実際にその土地に行って
生活してみないと!
そして、そこに”言葉も文化も常識も” 何もかも違うパートナーとなると
越えなければならない、受け容れなければならない物が多すぎますね。
はぁ~…。
でも、これからもまだまだ
国際カップルや結婚のストーリーなど続きますっ。

TORIA (o ̄∇ ̄)/