オンライン講師が描く「ハクションな日常」

人生はハクション*くしゃみしたら吹き飛んでいくような

クリスマスの恋人⑫最終話

toriadecafe.hatenablog.com

 

「田口君、突拍子もないよ。
 どうしちゃったのよ」

啓子は突然のプロポーズに、胸をざわつかせながら

そう言うのがやっとだった。

「何かな…ずっと話聞いてて
 学生の頃からすると
 本当、時間が経ったんだと思った。
 それとさ~、なんか今日ここで会った事が偶然じゃない
 必然みたいに思えてさ。
 
 本当は、俺が守ってやるよ・・・って
 さっきの言葉に続けて言わないといけないんだと思うけど
 俺思うんだ。

 結局、自分を幸せに出来るのは 自分だけ!だって

 でも、俺 中村と居たら
 一緒に喜びも寂しさも、悲しさも
 色んな事 
 笑っていけるんじゃないかって
 何だか、今思ったんだよね」

田口の言葉は、啓子の心に沁みた。
本当なら、田口の言葉に甘え 

啓子は今すぐ、すがりつきたいと思った。

けれど…

「田口君、なおさら 
 それだったら私
 あなたと結婚出来ないわ。
 今の私じゃ、出来ない」

田口の返しは、あっさりしたものだった。

「ん・・・そうかぁ。
 確かに、若い時みたいにさ
 軽々しく、いつまでも待つよって
 そんな風に俺も言えないしな」

その後、啓子と田口は
まるで、さっきの遣り取りがなかったかのように
二つ三つと世間話をし、とりあえず
連絡先を交換し、別れた。

啓子は、その日以来
うつむいていた顔を、いや心を上げ
何とか精一杯、前を向いて歩きだした。

年が明け、4月になると 
また、たらい回しのような異動の話が出た。
資材管理室は、情報処理室の一部になるらしく
啓子は今度は総務部の課長として
「今までの経験を 総務で活かして欲しい」と
表面的には 格好良い事を言われて内示を貰った。

室長の大山と言えば・・・

「あ、私? 会社辞めるのよ」

啓子は、それほど好きな先輩社員ではなかったはずなのに
いつしか、大山は
啓子にとって心強いメンターになった。

「中村さん
 きっと、笑うと思うわよ。
 私、結婚することになったの。
 仕事で御縁があった方となんだけど。。
 まさか、自分がこの歳で結婚すると思わなかったから
 自分が一番、ビックリしているわ。
 でも、人生 本当に何があるかわからないわよ。
 だから、中村さん 

 また異動で、色々つまらない事を悩んだりするかもしれないけど
 堂々と前向いて、頑張って!」

いつもの大山からは想像出来ない
優しく、穏やかで
キラキラと輝く横顔は 
本当に綺麗だった。

前にも増して、啓子の周りには何も無くなってしまい
「ひとりぼっち」になった。
クリスマス以降
年が明け、しばらくは
あのカイトからメールが何度も来ていたが
それも、今は無くなった。

毎日仕事をして
また、一からお金も貯めて。
そんな単調な生活も
「きっと明るい未来に繋がっている」
そう思い込もうとした。

あの田口のプロポーズから半年した頃
啓子は一度、田口に電話をした。
留守電にメッセージを残したが、返事は何も来なかった。

月日は駆け巡り、また
クリスマスがやって来た。

「中村さん、イブに残業なんてしてていいのかい」

課長の長崎がニヤニヤしながら、声を掛ける。
そんな事を言われても
今は、あっけらかん!としていられる啓子だった。

仕事を終え、電車に乗り込むと
すでに、8時を回っていた。

「今年は、いやいや今年もやっぱり一人だし
 良くも悪くも何も無し!
 あー! 私もうすぐ50だし!」


そんな事を、口に出して呟きながら歩いていると
啓子は一人で笑ってしまった。

電車を降り、改札を抜けると
ふと
ファミリーレストランに目が向いた。
しかし、啓子はそこへ入る事はなく
コンビニに寄り、いつものように帰宅した。

ポストから取ってきたハガキの中に、エアメールが混じっている。
それは、あの田口からだった。

3月から、3ヶ月の予定で出張に出たアメリカの仕事が延び延びになり
今もまだ、アメリカに居る

そう、書いてある。
そして、手紙はこの言葉で締めくくられていた。

「やっぱり、結婚しませんか?
 
 あ… こんな言い方

 変?」

啓子はその文面に、思わず笑ってしまった。
去年と同じ日に、形は違えど
田口からプロポーズされたのだ。

去年、田口が言った言葉を思い出す。
「ここで会ったことが偶然じゃなくて、必然」

大山が言っていた
必要な出会い・かけがえのない出会い
今、啓子の目の前に 
それはあった。

心を決めた!

窓を開けると、寒さに身が震える。
それでも、しばらく啓子は上を向いて 
空を眺めた。
それが、田口の居るアメリカに続いている・・・。

失恋したクリスマスイブのあの日も
カイトの待つクラブへ通った日々も
今は、遠い日のようで
笑うしかない。

そして、今年も、横に
「クリスマスの恋人」はいない
それでも、心は温かく幸せ。
今まで啓子が生きてきた中で、いちばんに幸せなクリスマス。
The End.


*NSYNC - This I Promise You (2000)

自虐とはまた、違う…
独りでいる覚悟や
自分のみっともなさを受け容れ
笑えた時
やっと啓子には幸せが来たって事だね。

TORIA (o ̄∇ ̄)/