オンライン講師が描く「ハクションな日常」

人生はハクション*くしゃみしたら吹き飛んでいくような

地下室の男②~あるOLの回想

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ガラスのすこし重いドアを開けると
立ち尽くしていた女が、気配に気づき
わたしに寄ってきた。

「あの…いきなりで申し訳ありませんが
 私、こちらでお世話になっている田代の家内でございます。
 えっと…
 主人はまだ、会社におりますでしょうか」

消え入りそうな声で、そんな事をいきなり言われて
わたしは困惑した。
その田代と同じ部署でもなく、まともに田代の顔さえも見た事がない。

わたしは、目の前にいる 
大人しそうで“幸薄い”オーラをまとった女と小さい子供二人を
可哀想だと思いながらも、思わずつっけんどんな態度で言葉を返した。

「わたしは関係会社の者なので、本社の方はわかりかねます。
 申し訳ないですが」

それだけ言うと、わたしは怖くて後ろを振り返ることなく
その場を立ち去った。

たぶん
あの母娘は、あの後も
あの場所に立ち尽くしていただろう。

それからも、何度か“あの母娘を見かけたが
ひとつ季節が変わる頃
気が付けば、母娘が会社の前に立つことは無くなっていた。
・・・と同時に
風の噂に、田代が離婚したという話が耳に入ってきた。

「あ! これ、史料編纂室に持って行ってくれないかな」
隣に座る、係長に声を掛けられ
ポンとA4の封筒がわたしの机に置かれた。

史料編纂室
たしか…。

わたしは、思い出していた

地下室へ降りるのは、初めてだ。
古いビルではあるが、地下室は他のフロアより整備されておらず
廊下の電気がチカチカと切れそうになっている。
その暗い空間に、電話で話でもしているのだろうか
大きい声で喋り、笑いたてる男の声が響いている。

わたしはフロアの奥まで突き進み
史料編纂室と、紙に書かれた部署名が貼り付けられたドアを軽く叩いた。
しかし、ドアの向こうの男は気づきもしない。
再び強く叩いてみると、面倒そうに「どうぞ」と声がする。
それでも、なお
田代と思われる”その男“は電話で話し続けている。

歳は50前後だろうか。
格好良いわけでもなく
微妙に腹が出た
にやけた、いやらしいオヤジにしかみえない。
お金があるとも思えない。

そんな、どうしようもない男なのに
何故か、引っかかる女が何人もいるらしい。

今 電話で話しているのも
相手は、女だ。 
それも仕事の話ではない。

わたしは「あの光景を思い出し」
心の中で
この男を軽蔑した。

近くにあったメモとペンを取り
用件を書いて封筒を置くと
そのまま、地下室のその部屋を出た。

直接話さずとも
わたしは田代という男の性根を
この一瞬ですべて見た思いだった。

すっかり、何もかも記憶から消えようとしていた時
田代が22歳下の女と再婚したという話が
密かに、社内を駆け巡った。

皆の思いは同じだった。
「ものづきがいるものだ」と。

わたしは、ふと 
あの母娘の姿を思い出していた。
あれから、どうしただろうか。

まるで「不幸を何重にもまとっているような」
あの女、あの子供の姿


あの光景を思い出すと
田代という男が、憎たらしくてたまらなかった。

しかし「不幸なおはなし」は
これだけでは終わらなかった。

まるで、あの地下室のように暗く、深く、それは残酷に 
続くのだった。

そして、思いがけず
わたしは 
あの母娘と再び対面することになる…to be continued.



中森明菜二人静」(1991)

不幸のグルグル巻きですよ!

明日は早々、結末です。

TORIA (o ̄∇ ̄)/

 

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