オンライン講師が描く「ハクションな日常」

人生はハクション*くしゃみしたら吹き飛んでいくような

いつか二人で①

大学を卒業後、5年間のOL生活にピリオド!

美佳は、かねてからの夢だった語学留学へ
カナダに3か月行こうと決めた。

「海外で英語を勉強してみたい」
それは、表向きの理由で
本当は、学生時代から付き合っていた哲哉と別れ
”その事”をふっ切りたかった。

たった3か月で何かが変わるなんて
到底、あり得ないと思っているけれど
ちょうど、仕事をするのにもすこし疲れていた。

英語が好きで、英文科に進学し上場企業に入れたものの
美佳には、英語を使う仕事など、全く無かった。

カナダに行く。

それを聞いた、上司や同僚たちは
他の女子社員よりも際だって真面目で、大人しい美佳が
結婚退職ではなく
「何の宛てもない」海外へ行く事に驚いていた。

会社を辞める事なんて
大した事はない…と思っていたのが
実際、辞めてみると
心に大きな穴が空いた。

それは、失恋の虚無感と重なって
カナダへ出発する日まで美佳を憂鬱にさせた。

いよいよ、カナダへ飛び立つ日。

卒業旅行で、カナダの西側へは行った事があるけれど
今度行く先は、東側。
全く、雰囲気が違うと聞いている。

誰も知り合いも居ない。
留学先は比較的、日本人が少ない学校で
現地には、日本人の常駐エージェントもなく
行く段になると、不安が募った。


機内では、映画を見る気分でもなく
だからと言って、眠る事も出来ず
落ち着かないでいると…
隣に座っていた若い白人男性が
英語で、急に話しかけてきた。

「え!?」
全く、聞き取れない。

すると、男性はゆっくりとした口調でもう一度話しかけてきた。
「何処へ行くんですか?」
その一言が、きっかけで
簡単な英語と日本語混じりで
隣の座席の男性と、美佳は会話が弾んだ。

彼の名前はデビット。
日本で1年半、英語教師をしていたという。
彼とは、最終目的地が同じだが
同じ州と言ってもカナダは広い。

「これっきり」の出会いながら
彼との何気ない会話で
それまでの不安な気持ちや
心のなかの空洞が少し埋められていた。

気がつけば
長いフライトは、あっという間。
何故か、会話が終わるのが名惜しかった。

でも、デビットのビジュアルは全く美佳のタイプではない。
赤毛のくせっ毛で
背が低く
雰囲気は野暮ったかった。
唯一、気が弱そうに見える
優しい笑顔だけが印象的だった。

グッドラック、美佳!

その言葉に、笑って応えながら
デビットの姿を見送った。

空港の到着ゲートで
「Welcome MIKA」と書いた紙を持った
ホストファミリーの中年夫婦を見つけると
美佳はそこへ向かって走っていた。

もう、デビットの事は 
瞬間に、忘れていた… to be continued.

 


Hiro 「いつか二人で」(2006)

今週はまた、国際カップルのおはなし。

さて、どうなることやら~。

 

TORIA (o ̄∇ ̄)/

 

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再び、調査部の男③~あるOLの回想

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カナダ・バンクーバーまで来て
何故、あの「調査部の男」とレストランで向かい会っているのか…
わたしは今さらながら、不思議だった。

「縁」がある!ということなのか!?

「いや~まさか、こんなところで
 あなたとお会いするとは思わなかった!」
森は、大げさに声を張り上げた後
すぐに、”あの頃”の得体の知れない森の声に戻り
ボソッとわたしに告げた。

「私の事を、陰気な男だと思ってたでしょ」

わたしは、ゾクッとして思わず肩をすぼめ
「そんな!」としか言葉が出なかった。

「いや、いいんですよ!
 みんな私の事を、何者なのか
 何やってる部署なのか
 窓際ぐらいに思ってたでしょうからね」

自虐的な言葉を森は並べ立てた後
ぐいっ!と体を私の方に寄せて話し始めた。

「私はね、あの会社で
 言えないような仕事を、沢山してきたんですよ」

その言葉には、大きな恨み辛みが籠っていた。

「とは言っても、人殺したりとかじゃないですよ」

そう付け加えた森の言葉に
わたしはまた、背筋が凍りそうな感覚を覚えた。

運ばれてきた食事に、森は手を付けることなく
ただただ、話し続ける。

「私はこれでも、入社当時は
 花形の海外事業部で仕事してたんですよ。
 ずっと、あそこで 
 それこそ会社の中核を担うんだ!なんて、意気揚々でいましたよ。
 でもね・・・

 入社から15年経った時にね、いきなり社長に呼ばれたんですよ。

 君は学歴もあって、仕事も出来る。
 周りからの評価も高い。
 しかも、口が堅い。
 君にしか出来ない仕事をして欲しい!
 そう言われたら、嬉しくてたまらないじゃないですか。
 それも、社長直々にですよ」

わたしは「すごいですね」と合いの手を入れた。

しかし森は、一気に苦々しい顔になった。

「でも、それが調査部ですよ!
 あそこではね・・・
 
 もしかしたら、あなたも気が付いてるでしょうかね…。
 一度、留守番に来てもらいましたから。

 あそこはね、会社のありとあらゆる秘め事・トラブル
 つまりは不祥事が集まる場所
 それを掃除する場所だったんですよ。
 それこそ、社員の不正や不倫
 上役たちが海外出張に行って、起こした女性問題の処理
 先々代の社長の葬儀には、愛人と隠し子とかいう
 訳わからないの、出てきて・・・その始末。
 ありとあらゆる 面倒な事を
 私が一手に調査して、片付けました。
 
 不倫じゃなくても
 社内の誰と誰が付き合ってるとか
 誰がいつ、どこのラブホテルに入って行ったとか
 そう言う事も、すべて知ってましたよ」

わたしは、その話に驚きながら
どう反応をしていいものか、わからずにいた。

「でもね、会社のためとはいえ
 やっぱり 
 そういう仕事は気持ちいいもんじゃないですよ。
 馬鹿馬鹿しくて、やってられないって何度も思いましたよ。

 特にね、上役が中国で愛人作って
 その後始末のために、出張させられるなんてやってられなかった!
 でも、その見返りが、今のこの私の華々しいポジションですよ」

わたしは、やっと言葉を押し出した。

「そうすると… わたしなんかの事も
 調べたりとかあったんでしょうか?」

「あー、あなたの事もね
 中途で入ってきたとき、もちろん調べましたよ。
 でも、あなたは特に何もなかったなー。
 口も堅いし、あまり女子社員ともつるんでなかったでしょ」

「でも、森さん。そんな秘密を
 今何で、わたしに話してくれたんでしょうか」

森は、わたしの顔をじっ!と見ると
次の瞬間大声で笑い
改めて、わたしの顔をじっ!と見た。

「墓場まで持っていく覚悟でしたよ。
 でもね、さすがに重すぎる!
 馬鹿馬鹿しすぎる!!
 だから、どうせなら 
 墓場まで一緒に持って行ってくれそうな人をずっと、探してたんですよ。

 あなたは、それに丁度いい人だった」

わたしの顔は引きつっていたにちがいない。
しかし、森はその後も上機嫌に笑い続けていた。
きっと、長年の重荷を降ろしたからか…
それとも、わたしに暴露する事で積年の恨み・辛み、復讐を遂げる事が出来たからか。

よりよい会社を作るため
平和に見える会社を作るため

実は、どこの会社にも
森のような「任務」を背負った人間がいるのかもしれない。

それにしても
わたしも、これを
墓場まで持っていく自信は無い…The End!

 


Michael Sembello - Superman (1983)

あるOLの回想
これにて完結!

TORIA (o ̄∇ ̄)/

 

再び、調査部の男②~あるOLの回想

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機体が、成田を飛び立つと
何かが、プツリと途切れたような気がした。
それは、わたしではなく
隣のあの男が!

森は、わたしの座席の方に向かって身を乗り出し
なれなれしく
「今はどうしているのか」
「結婚したのか」などと
あれやこれやと聞いてきた。
そして、聞いてもいないのに
今の自分の身が、今はどれだけ晴れがましいものかと語り出した。

調査部の森という人物は
こんなヤツだっただろうか…。

わたしは、まるで
これから森を調査するような感じで
その男の横顔を、ぼんやりと眺め
話を右から左に聞いていた。

何しろ、エース物産で
“あの日”以降、かかわりなどなかったのだから
森を知る術もなかった。

森の話を時には上の空で聞いていると
何処から、その話に結びつけたのか
自分と自分の息子の学歴自慢が延々と…。
そして、今働いている会社の素晴らしいポジションと待遇。
森自身の自慢話のオンパレードが、さらに延々と続いた。


わたしは森の自慢の数々に、「はぁ」とか「ふぉー」とか
単語なのか、単なる音なのか
わからないような反応を繰り返した。
時には眠気と戦いながら、話に聞き入っているふりをする。

バンクーバーまで到着する時間まで
結局、一睡もすることなく
わたしは森の話に付き合わされた。

周りの乗客は、饒舌にしゃべり続ける森を迷惑そうに見ている。
そして、それに付き合わされるわたしまでもが
迷惑な乗客と見られている気がした。

もうすぐ、バンクーバーというアナウンスが流れると
急に森は声を小さくして、わたしに囁いた。

「あなたにはね
 本当は、もっと話したいことがあるんですよ。
 ほら、エース物産のね・・・」

それは、秘密めいて
謎めいた
危険な響きだった。

「私ね、知ってるんですよ」

その森の言葉にわたしはドキっとして
思わず、森の顔を直視すると
まるで時代劇に出てくる悪代官のような、歪んだ笑みがそこにはあった。

何を知っているのか?
まだ、なお 
何を話すつもりなのか。

やっと、この機内で別れられるはずだった森と
わたしは何故か次の日
バンクーバーの町中で会う約束をした。

そして、そこで
わたしは
森と言う男の正体を知らされることになる
to be continued.

 


Ed Sheeran - Bad Habits<SHAUN Remix>


あるOLの回想のエンディングが迫ってきました。
登場人物の「わたし」…は、結局
名前も苗字も出てこないけど(〃艸〃)ムフッ

TORIA (o ̄∇ ̄)/

 

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再び、調査部の男①~あるOLの回想

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エース物産はわたしにとって、居心地の良い会社だった。
関係会社勤務とはいえ
一部上場グループの中の会社であり
待遇は、本社と全く一緒。
何より、際立って嫌な上司や同僚もおらず
本当に居心地が良かった。
しかし、わたしは5年で「その会社」に別れを告げた。

会社を退職したわたしは
派遣会社に登録をして、以前の安定からは程遠い仕事環境で淡々と仕事をした。

「この会社でも、もしかしたら・・・」

かつて、わたしが
あのエース物産で見聞きしたような出来事が
この会社にも、あるかもしれない…と思うと
不意に、辺りをゆっくりと見てしまう自分がいた。

何気ない環境 何気ない場所にこそ
ドラマや小説以上に、驚くことが積み上がっている事を
誰しも気づかずにいるのかもしれない。

そんな、派遣での仕事暮らしを始めて2年が経った頃
わたしは初めて、海外へひとり旅に出ることにした。

海外には大学の卒業旅行で
ロサンゼルスに行っただけで
この海外ひとり旅が、わたしにとっての二度目の海外だ。

我ながら、思いきった事を決断したことに自分で驚きながらも
私は、少し誇らしげに成田からバンクーバーに向かう飛行機に乗り込んだ。

だが、わたしはそこで
思いもかけない人から、声をかけられた。

その人は、いきなり 
わたしをフルネームで呼んだ。

振り返ると、そこには
あの、かつてエース物産の調査部にいた森が立っている。

いきなりの事に言葉も出ないまま
黙って森にお辞儀をしただけで
私は急いで、飛行機の奥の座席に向かって懸命に歩いた。

「座席が近くなければいいのに」
それだけを願った。
しかし、私の願いは空しく破れ
通路を挟んで、森と並んだ席に座った。

それは、あの調査部に手伝いに行った日の
恐怖に似た感覚をはらんでいた。
そして
感覚どころではなく
これから
本当の恐怖を見せつけられるのだった…to be continued.


K.D.Lang - Anywhere but here (1999)


再び、あの調査部の男が戻ってきました。
退職してから、かつて同じ職場だった人と出くわす!

ちょっと…どころか、結構イヤですわね!!!
私は、ずっと同じ業界で働いてきたので

そんな事が何回も(-_-;)

TORIA (o ̄∇ ̄)/

 

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地下室の男③~あるOLの回想

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すっかり忘れていた!

何しろ、日々の仕事で地下室に行くことなど無い。
何年も…
いや、この会社を去る事があったとしても
地下室に行く用事など
ほぼ無いのだ。
だから、忘れていた。

いつものように、社長以外はまだ出社もしていない午前8時過ぎ。
その電話は鳴った。

始業前に、電話が鳴る事は珍しい。
わたしは、それが
“良い報せではない”事を察知した。

電話は、人事の木村からだ。

「始業前にごめんなさいね」
その声は、低く静かで
いつもの木村よりもさらに、落ち着いた声だ。

「実は・・・
 史料編纂室の田代さんが、急に亡くなったの。
 それで今夜、お通夜があるんですけど
 何しろ、ああいったお一人の部署だったし
 それほど交流のある仕事関係もなかったものだから
 ちょっと寂しい感じになっちゃうと、あれなんでね…。
 こういう事でお誘いと言うのも変なんだけど
 出来たら、出席してもらえないかしら」

それは、わたしに伺いを立てながらも
何故か、強制のように聞こえる。

わたしは、田代がどうこうというより
これは社内業務の一環なのだと理解した。

その日の夕方、一旦少し早く帰宅したわたしは喪服に着替え
品川の降りたこともない駅でウロウロしていた。

「あら! あなたも来てたのね」
それは、弾んだ渡辺の声だった。

こんな時なのに、渡辺は明るい。
というか・・・
ほとんど付き合いもなかった田代の死に
急に、悲しめと言われても 無理な事だろう。
しかし、ここは「それらしく」しなければならない。

「ねぇねぇ、不思議なんだけど
 お葬式は誰が出すのかしら」
渡辺が言いだした。

「だって、田代さんって、あの2度目の奥さんとも離婚して
 独り身だったのよ。
 私、前に聞いたことあるけど
 なんか田代さんとこって複雑らしくてさ
 親、兄弟もいるんだかいないんだか
 だから離婚したってなると、誰が葬式出すんだか」

渡辺は心配と言うよりも、面白がっている。
とは言っても、斎場の前まで来ると、渡辺も話をやめた。

受付には、社内の知った顔が並んでいる。
本当に、身内と言える人がいないのか少ないのか…。
わたしは、心の中で呟く。

そして、次の瞬間
わたしは、こんな通夜の席で驚くことが
あるとは思っていなかった。

その身内の席には
あの
いつか、会社の入り口で立ち尽くしていた母娘が並んでいた。

娘たちはずいぶんと大きくなり
母親の髪には、白いものが目立った。
子供は無表情で座っているも
母親の方は、ハンカチで涙を拭っている。

気が付くと、人事の木村がそばにいた。

「えっと、これって…」
わたしは、思わず囁くように言葉を漏らしてしまった。
木村は察したようで…

「お身内がいないらしくてね
 どうしようもなくて、こうなったらしいのよ」
と、それだけ呟いた。

焼香を終え、私は足早に通夜の場を離れた。
後から、渡辺が出てきて
面白いものを見たかのように
来た時よりも声を弾ませていたが、わたしは聞こえないふりをした。

不意に、後ろから声を掛けられた気がして
振り向くと
そこには、木村が居た。

「ご苦労様でした。本当に申し訳なかったわね」

こんな時、何を話してよいのかわからない。
しかし、わたしは思わず浮かんだ言葉を口に出していた。

「なんか、複雑でしたね。
 とにかく、びっくりしました」

「そうね…
 まさか、別れた奥様
 それも最初の奥様が、お葬式を出すなんてね」

「泣いてましたよね」
わたしは、主語もつけず呟いた。

「そうね… 不思議ね」

わたしは、急に言ってはいけない事を口にしたような気がした。

ふと、木村の不倫相手と言われていた
副社長の事、そして葬儀の事を思い出したからだ。
話を違う方へ向けようとした時
木村が、何処かわからぬ方向を見ながら話し出した。

「男と女って
 それも夫婦となると、一筋縄ではいかないんでしょうね。
 別れても、それで終わるわけではないのよね」
そう言うと、木村は大きくため息をつき話を続ける。

「もしかしたら
 やっと、帰ってきたと安堵してるかもしれないわね」

木村の顔が、わたしには能面に見えた

ふと
わたしは、今来た道を振り返った。
一瞬、あの母娘が風に吹かれて立ち尽くしている場面が
わたしの目の前を通り過ぎた。
そして
待ち焦がれ、やっと帰ってきた父親の姿に
安堵し、涙している母娘が見えた。

何の縁もゆかりもない“地下室の男”。
今日のこの日は、わたしにとって何か意味があったのだろうか?

そんな事を思いながら

喪服で歩く戸越銀座には、冷たい風が吹いていた…The End!


優河「灯火」(2022)

一筋縄ではいかない、男と女の関係。
あぁ…恐い(꒪ཫ꒪; )

TORIA (o ̄∇ ̄)/

 

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地下室の男②~あるOLの回想

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ガラスのすこし重いドアを開けると
立ち尽くしていた女が、気配に気づき
わたしに寄ってきた。

「あの…いきなりで申し訳ありませんが
 私、こちらでお世話になっている田代の家内でございます。
 えっと…
 主人はまだ、会社におりますでしょうか」

消え入りそうな声で、そんな事をいきなり言われて
わたしは困惑した。
その田代と同じ部署でもなく、まともに田代の顔さえも見た事がない。

わたしは、目の前にいる 
大人しそうで“幸薄い”オーラをまとった女と小さい子供二人を
可哀想だと思いながらも、思わずつっけんどんな態度で言葉を返した。

「わたしは関係会社の者なので、本社の方はわかりかねます。
 申し訳ないですが」

それだけ言うと、わたしは怖くて後ろを振り返ることなく
その場を立ち去った。

たぶん
あの母娘は、あの後も
あの場所に立ち尽くしていただろう。

それからも、何度か“あの母娘を見かけたが
ひとつ季節が変わる頃
気が付けば、母娘が会社の前に立つことは無くなっていた。
・・・と同時に
風の噂に、田代が離婚したという話が耳に入ってきた。

「あ! これ、史料編纂室に持って行ってくれないかな」
隣に座る、係長に声を掛けられ
ポンとA4の封筒がわたしの机に置かれた。

史料編纂室
たしか…。

わたしは、思い出していた

地下室へ降りるのは、初めてだ。
古いビルではあるが、地下室は他のフロアより整備されておらず
廊下の電気がチカチカと切れそうになっている。
その暗い空間に、電話で話でもしているのだろうか
大きい声で喋り、笑いたてる男の声が響いている。

わたしはフロアの奥まで突き進み
史料編纂室と、紙に書かれた部署名が貼り付けられたドアを軽く叩いた。
しかし、ドアの向こうの男は気づきもしない。
再び強く叩いてみると、面倒そうに「どうぞ」と声がする。
それでも、なお
田代と思われる”その男“は電話で話し続けている。

歳は50前後だろうか。
格好良いわけでもなく
微妙に腹が出た
にやけた、いやらしいオヤジにしかみえない。
お金があるとも思えない。

そんな、どうしようもない男なのに
何故か、引っかかる女が何人もいるらしい。

今 電話で話しているのも
相手は、女だ。 
それも仕事の話ではない。

わたしは「あの光景を思い出し」
心の中で
この男を軽蔑した。

近くにあったメモとペンを取り
用件を書いて封筒を置くと
そのまま、地下室のその部屋を出た。

直接話さずとも
わたしは田代という男の性根を
この一瞬ですべて見た思いだった。

すっかり、何もかも記憶から消えようとしていた時
田代が22歳下の女と再婚したという話が
密かに、社内を駆け巡った。

皆の思いは同じだった。
「ものづきがいるものだ」と。

わたしは、ふと 
あの母娘の姿を思い出していた。
あれから、どうしただろうか。

まるで「不幸を何重にもまとっているような」
あの女、あの子供の姿


あの光景を思い出すと
田代という男が、憎たらしくてたまらなかった。

しかし「不幸なおはなし」は
これだけでは終わらなかった。

まるで、あの地下室のように暗く、深く、それは残酷に 
続くのだった。

そして、思いがけず
わたしは 
あの母娘と再び対面することになる…to be continued.



中森明菜二人静」(1991)

不幸のグルグル巻きですよ!

明日は早々、結末です。

TORIA (o ̄∇ ̄)/

 

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地下室の男①~あるOLの回想

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わたしが ”地下室の男”を知ったのは、入社して間もなくのこと。
渡辺さんが 耳元で囁いた一言からだった。

「見ちゃったのよぉ~」

渡辺さんの囁きは
まるで、幽霊でも見たかのような
そんな響きを持っていた。

「え!?何をですか」

私は、まだ何もわからぬだけに
単調に言葉を返すだけだった。

渡辺さんは、何故かひそひそ声で
なおもを話し続ける。
「昨日さ、帰ろうと思ったら
 入口で見ちゃったのよ!
 お母さんに、子供二人手つないで並んでて
 ”風に吹かれて” 
 ただただ…立ってたのよ」

わたしは、なおもわからぬ話に
ますます、どう反応していいか困り果てていた。

「風に吹かれて…
 それって、何なんですか?」

「あら、知らないっ」

渡辺さんは、私が知らないのを承知で
声を掛けたはずだ。

「あのさ
 この会社にはさ、まぁー 
 どうしようもないオヤジばっかりがいるんだけど
 目も当てられないのが、地下室に一人いるのよ」

確か、地下室には ビルメンテナンスのルームと
もうひとつ、部署があるとは聞いていた。

「地下室の一人部署、史料編纂室の田代って言うんだけど
 その田代の奥さんと子供が
 たびたび、退社時間ごろになると
 ビルの入り口のとこで、田代を待ってるのよ」

「それって、お迎えってことですか?」

渡辺さんは、低く笑い声を立てた後
話を続ける。

「田代ってさ、取引先の女と出来ちゃって
 その女のとこに行ったっきりで、家に帰らないらしいの。
 それでね、困ったことにさ
 奥さんと子供がたまに、ここに来るわけ」

会社内での不倫や浮気
ドラマや小説の中では、よくある事だ。
ところが、こんな平凡な会社で…
またも、ドラマチックな事を聞く事になるとは…。
ましてや、そんな
女房が子供引き連れて、会社に押し掛けるなんて。

わたしは、話を聞かされても
にわかに信じる事は出来なかった。

「だいたいさ、田代って昔は営業で活躍してたらしいってのが
 史料編纂室よ。
 訳アリでしょ、そこからして」

渡辺は、可笑しそうに笑い 話を締めくくった。


それから、ずいぶんと時が過ぎ
わたしは、すっかり“その話”を忘れていた。

しかし…。

その日は、すこし退社時間が遅くなってしまった。
特別に用事はないが、急ぎ足でビルを出ようとした時
わたしは、思わず透かしのドアを開けようとして

「あっ!」と言ったまま、立ち止まってしまった。

その目の前には
女一人と、両脇に小さな子供が一人ずつ。。
3人の手は、しっかり繋がれている。

 

そして、その3人は

風に吹かれて立っていた…
to be continued.

 


浜崎あゆみ「A Song for xx」(1999)


風に吹かれて立っていた…
ほんとだったんですねぇ~。
事実は小説より奇なりです!


TORIA (o ̄∇ ̄)/

 

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